ケーブル理論① ~有髄線維と無髄線維どちらが速いか~

神経細胞の細胞膜の微小領域で起こった膜電位変化はその近傍の膜へ順々に伝わっていき、その影響は最終的に神経細胞全体に及びます。それはまるで水面に水滴が落ち、波が同心円状に広がっていくかのようです。以下では、神経軸索上を膜電位変化が伝わっていく様子を定量的に考えていきます。

下図は神経軸索の模式図です。神経軸索を等価回路に書き換えるために軸索を短軸方向に分割して、微小かつ同一な空間が多数連なっている状況を考えます(分割線は均等に見えませんが均等だと考えてください)。分割された一つ一つの円柱を区画と呼ぶことにします。

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 等価回路を下図のように考えました。細胞外電位を0(基準)にするので接地されている部分は細胞外です。一区画あたりの細胞膜はコンダクタンスΔg、膜容量ΔCとします。また、V_Nはあるイオンの平衡電位です。そして隣合う区画の間に発生する抵抗をΔR_iとします。軸索の長軸方向にx軸を取り、細胞内を長軸方向に流れる電流をi(x)とします。基準点における細胞内の電位をV_oとし、基準点からx離れた位置における細胞内の電位をV(x)と置きます。よってV(0)=V_oです。

(注) 細胞に電気的な入力が何もない場合細胞の膜電位は細胞のどの部分も同じ値(静止膜電位)を取りますが、シナプス入力などの入力が一か所に入るとその部分だけ膜のイオン透過性が変化するので膜電位が変わります。基準点とはそのような場所を想定しています。 (注終わり)

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この場合

\begin{align} \frac{dV(x)}{dx} = - \frac{\Delta R_i}{\Delta x} i(x)\end{align}

\begin{align} \frac{di(x)}{dx}=-\frac{\Delta g}{\Delta x} {V(x) - V_N}\end{align}

が成り立ちます。ここで、

\begin{align} \Delta g =g \pi d \Delta x, \Delta R_i =\frac{\rho \Delta x}{\pi d^ {2}/4}, \Delta C = C \pi d \Delta x \end{align}

であるので、

\begin{align} \frac{d^2V(x)}{dx^2} = \frac{1}{\lambda}{V(x)-V_N}\end{align}

\begin{align} (ただし、\lambda = \sqrt{\frac{d}{4 \rho g}}) \end{align}

\begin{align} V(x) = (V_o - V_N) e^{-x/\lambda}+V_N\end{align}

となります。よって神経軸索の膜電位変化は基準点を最大として、指数関数的に減少していくことが分かりました。

では有髄線維と無髄線維の違い考えてみましょう。 有髄線維とは神経軸索が髄鞘という絶縁体でコーティーングされた神経線維ですからこの違いは、

\begin{align} g \to 0 (\lambda \to \infty) \end{align}

と表されます。これは基準点からの距離に応じた電位の減衰が極限まで少なく抑えらえるということを表しています(下のグラフは参考までに)。

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神経軸索上のある一点(基準点)で電位変化が起こった場合、そこから距離のある別の一点における膜電位は髄鞘のあるかないかで大きく違います。

シナプス研究とその歴史②

今回は以下の2つの論文の内容をざっくりと紹介すると共にシナプス研究の歴史を勉強していこう(2回目)と思います。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1392564/pdf/jphysiol01439-0123.pdf

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1366292/pdf/jphysiol01412-0153.pdf

まず一つ目はFattとKatzによるもので1951年のものです。彼らはカエルの神経筋接合部に注目して筋細胞の終板電位 end-plate potentials, EPPを記録するという実験を行いました。

【補足】神経細胞が活動電位を起こすとそれに接続する筋細胞も脱分極を起こし収縮します。神経細胞の興奮による筋細胞の脱分極性の電位変化のことを終板電位, EPPと呼びます(シナプス後電位の筋細胞バージョンです)。【補足終わり】

その中で彼らは自発的で小さいEPPに注目します。

【補足2】自発的というのは神経細胞の興奮によらないEPPという意味です。【補足2終わり】

神経の発火に伴うEPPが70mV程度なのと比べて自発的なEPPは0.5mV程度と極めて小さい電位変化であったので、彼らはこれを微小終板電位 miniature end-plate potentials, mEEPと呼びました。

次に彼らはmEEPとEPPが同じ機序で起こるものであると示しました。

具体的にはプロスチグミン(コリンエステラーゼ阻害剤)を作用させるとmEEP/EPPともに増強される(脱分極の程度が大きくなる)ことや、AChRのブロッカーを作用させると両者ともに減弱することを実験で示しました。さらにmEEPは神経細胞の軽い脱分極によりその頻度を増すということもわかりました。

次にDel CastilloとKatzによる業績で1954年のものです。

彼らはまずそれまでの知見から「一つのmEEPは一つのAChRチャネルの開口によるものである」と考えました。そして彼らは仮説をもとに微小量のアセチルコリンを筋細胞に作用させてEPPの記録を行いました。すると微小量のアセチルコリンに反応してmEEPよりもはるかに小さい電位変化が記録されるという結果が得られました。

【補足3】のちにKatzとMilediはsingle AChRチャネルの開口による脱分極変化は0.3uV程度であることを示しました。【補足3終わり】

次に彼らは細胞外液のCa2+濃度を低くすることで、mEEPを記録していきました。どういうことかというと、まず細胞外液のCa2+濃度を低くするとEEPは著しく減少するということは知られていました。細胞外液のCa2+を完全になくしてしまうと神経の興奮に応答したEEPは非常に起こりにくくなります。より具体的には、神経の発火直後から、mEEPと同じかそれより少し大きい程度のEEPが時間をかけてバラバラと散発するようになります。こうして得られた波形はmEEPに他なりません。彼らはこの方法をとることでmEEPの記録を大量に得ることができました。

そして彼らは論文の中で得られたデータを下図のようにヒストグラムにまとめました。(注)実際に論文に掲載された図とはかなり異なります。(注終わり)

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縦軸はデータの数を表し、横軸は得られた波形一つ一つの電位変化(EEPの値)を表します。この図をよく見るとEEPは0.4mVの整数倍になっているところでデータの数が多いことが分かります。つまりEEPは何かを単位とする現象だということです。そういう意味でこれをquantal responseと呼びます。

そしてこの単位こそがシナプス小胞(の開口分泌)だったわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シナプス研究とその歴史①

今回は以下の論文の内容をざっくりと紹介すると共にシナプス研究の歴史を勉強していこうと思います。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1365564/pdf/jphysiol01116-0148.pdf

1967年  KatzとMilediはイカの星状神経節を用いてある実験を行いました。

【補足】イカの神経は肉眼で見えるほど大きく実験しやすかったので電気生理の実験によく用いられました。1950年代にHodgkin and Huxleyが初めてvoltage-clampの実験を行ったときもイカ(Squid giant axon)が用いられました。神経節は神経と神経がシナプスを形成している場所のことを言います。【補足終わり】

その実験とは、刺激電極からシナプス前終末に電流を注入してシナプス前終末を脱分極させたときのシナプス前終末とシナプス後終末の電位変化を微小電極法により計測するというものです。下図を見てください。

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【補足2】微小電極法は微小電極を細胞内に刺し入れ電位を測定する方法。ホールセルパッチクランプとは異なり電流の測定と注入を一つの電極で行うことはできない。現在ではあまり行われていない。【補足2終わり】

刺激電極からシナプス前終末に電流を注入するとシナプス前終末は脱分極し、その電位変化は記録電極により計測されます。膜電位が閾値を超すとシナプス前細胞は活動電位を起こします。シナプス前細胞の活動電位の約1msec後にシナプス後終末が脱分極していることが図から読み取れます(シナプス後電位EPSP)。

次にテトロドトキシンTTXを作用させて活動電位を抑制して同様の実験を行います。シナプス前終末の脱分極が弱まるに伴ってEPSPも弱まっていることが分かりました。

さらに彼らはTTXまたはtetraethylammonium, TEA(voltage-gated K+チャネルのブロッカー)を用いてNa電流/K電流をブロックした状態で同様の実験を行いました。この実験によって、流れる電流の種類とは無関係に、シナプス前終末の脱分極がEPSPを引き起こすことが分かりました。

彼らはこの論文でカルシウム仮説を提唱します;1. シナプス前終末が脱分極するとシナプス前終末にCa2+が流入する。2. Ca2+の流入が引き金となって量子的(quantal)な伝達物質がシナプス前終末から放出される3. 伝達物質がシナプス後終末においてEPSPを引き起こす。お分かりいただけるように今から考えるととても正確なものです。

実はそれまでの研究で細胞外液にCa2+がないとシナプス伝達が起こらないことや、細胞の脱分極に伴い細胞膜のCa2+透過性が高まり細胞内にCa2+電流が流れることはわかっていました。

加えて彼らはこの論文の中で細胞外Ca2+濃度を変化させて、シナプス前終末の脱分極の程度とEPSPの値を比べて細胞外Ca2+濃度が高いほどシナプス伝達が起こりやすいことを知りました。

実験結果を追っていけば彼らがカルシウム仮説を思いついたのもうなずけるでしょう。

実はこのほかにも細かい議論が必要なのですが、みなさんはいくつ思いつくでしょうか・・・。

逆転写 reverse transcription

逆転写の意味わかりますか?

そんな難しいことではありません。ササッと説明します。

転写:DNA→RNA

逆転写:RNA→DNA

以上です。

DNAを鋳型にしてRNAを作る工程を転写と呼び、RNAポリメラーゼという酵素によって行われます。

反対にRNAを鋳型にしてDNAを作る工程を逆転写と呼び、逆転写酵素 reverse transcriptaseと呼ばれる酵素によって行われます。

実は1970年までは逆転写という現象は知られていませんでした。遺伝情報はDNAからRNAに変換され、その逆の現象は起こることはないと信じられていました。この考え方をセントラルドグマといいます。ですから逆転写の発見は驚くべきものでした。それまで信じられていたセントラルドグマは一部間違っていたわけです。

逆転写酵素は始めレトロウイルスから単離されました。

レトロウイルスはRNAウイルスに分類されます。RNAウイルスとは遺伝情報をRNAの形で持っているウイルスのことです。

レトロウイルスは細胞の中に入ると、自前の逆転写酵素を使って遺伝情報であるRNAからDNAを作ります。そしてそのDNAをインテグラーゼという、これまた自前の酵素を使って細胞のゲノムに組み込んでしまいます。

この段階で、感染細胞は組み込まれたDNAをもとに新たなレトロウイルスを自ら量産するようになります。そうして生まれたレトロウイルスはさらに別の細胞に感染をし、どんどん広がっていきます。

オペアンプってなに?

 

電気生理の代表的な実験であるvoltage clampやcurrent clampを考えるうえで、オペアンプの知識は必要不可欠です。サイトではこれまで生物学のみを学んでこられた方がオペ・アンプそしてpatch clamp amplifierの動作原理を理解できるようになることを目指しています。今回の記事ではオペ・アンプの基本を学んでいきましょう。

オペ・アンプの基本はとてもシンプルです。

以下がオペ・アンプの図記号です。それぞれの端子に名前を付けています。

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オペ・アンプ一つ一つには固有の値\( A \)があって、ゲインと呼ばれています。

オペ・アンプの性質は各端子の電圧に以下の関係が成り立つことです。

\begin{align} V_{out} &= A(V_+ - V_- ) \end{align}

ゲインはオペ・アンプの性能を表し、一般に大きい(\( ∞ \)に近い)方がよいとされています。”理想的”と言ったりします。

オペアンプの中身を覗いてみましょう。

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 プラス端子とマイナス端子は実は\(Z_{in}\)の抵抗により接続されています。この抵抗はインプットインピーダンス input impedanceと呼ばれ理想的なオペ・アンプでは\(Z_{in}=∞\)が成り立ちます。出力には電源が使われていて電源と出力までの間の抵抗\(Z_{out}\)をアウトプットインピーダンスoutput impedanceと呼びます。理想的なオペ・アンプでは\(Z_{out}=0\)となっています。このように理想的なオペ・アンプでは入力抵抗が非常に高く出力抵抗が非常に低く設定されており、「ハイ受けロー出し」として知られます。

オペ・アンプの「ハイ受けロー出し」の性質が実際の実験においてどのように役立つかをこの章の最後で簡単に説明したいと思います。

まずは下のオペ・アンプを用いた例を使って簡単な計算をいっしょにしてみましょう。

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理想的なオペ・アンプではインプットインピーダンスは\(∞\)ですから、電流はマイナス端子からプラス端子に流れません。よって\(i_- = i_f \)となります。よって、

\begin{align} \frac{V_{in} - V_-}{R_-} &= \frac{V_- - V_{out}}{R_f} \\ \frac{R_f}{R_-}(V_in-V_-)&=V_- -V_{out} \tag{1} \end{align}

ゲインを\(A\)とすると、オペ・アンプの性質から、

\begin{align} V_{out} &= -AV_- \tag{2} \end{align}

となります。

ここで\(\frac{R_f}{R_-}=k\)とおくと\((1)\)は、 \begin{align} &k(V_{in}-V_-)=V_- -V_{out}\\ &V_{out}=(1+k)V_--kV_{in}\\ &(1+\frac{1+k}{A})V_{out}=-kV_{in} \because(2) \\ &V_{out}=-\frac{k}{1+(1+k)/A}V_{in} \\ &\rightarrow -\frac{R_f}{R_-} V_{in} \tag{3} \end{align}

また、 \begin{align} V_-&=V_{out}+iR_F\\ &=V_{out}+\frac{R_f}{R_-}(V_{in}-V_-)\\ &=V_{out}+k(V_{in}-V_-) \\ (1+k)V_-&=V_{out}+kV_{in} \\&=(1-\frac{1}{1+(1+k)/A})kV_{in} \\&=\frac{(1+k)/A}{1+(1+k)/A}kV_{in} \\V_-&=\frac{1/A}{1+(1+k)/A}kV_{in} \\ &=\frac{k}{A+1+k}Vin\\ &\rightarrow 0 \tag{4} \end{align}

となります。

実はオペ・アンプではマイナス端子やプラス端子が出力と接続されている場合、それぞれの電圧が等しくなります。これはインプットインピーダンスとゲインが\(∞\)であることにより導き出されることですが、便利なのでオペ・アンプの性質として記憶しておいても差し支えないかと思います。

例えば上の回路図で\((4)\)より\(V_-=0\)となっているのは、マイナス端子の電圧と接地されているプラス端子の電圧が同じになったというふうに考えることもできます。

[補足] 特に、マイナス端子またはプラス端子が出力と接続されていて、かつ残りの端子が接地されている状態のことを仮想接地と呼びます。その意味は、直接接地されていない方の端子の電圧がオペアンプの性質によって0になっているということです。[補足終わり]

以下にオペアンプの性質をまとめておきます。

\begin{align} &V_{out} = A(V_+ - V_-), \\ &Z_{in} = ∞, \\ &A = ∞, \\ &V_+ = V_- (V_+またはV_-がV_{out}に接続されている場合) \end{align}

ちなみに今計算したこの回路にはinverting amplifierという特別な名前が付けられており出力の電圧が\((3)\)のようになることはぜひ覚えておきましょう。

では最後にオペ・アンプの性質であるハイ受けロー出しの効果を検討してみましょう。下の図を見てください。かなり簡略化したものですがWhole-cell patch clampの実験の模式図です。回路としては\(R_s\) series resistanceと\(R_m\) membrane resistanceそして膜電位\(E_m\)のみを考え、容量成分等は考えないことにします。電極はパッチクランプアンプへ接続されており、パッチクランプアンプへ流れる電流はゼロとします。電極の電圧\(V_e\)を計測するべく、電極をまずは直接電圧計に接続してみました。

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電圧計の内部抵抗を\(1MΩ\)、\(R_s\)はだいたい\(5MΩ\)で\(E_m\)は\(-60mV\)すると電圧計には\(-10pA\)の電流が流れることになります。このとき電圧計の読みは\(-10mV\)です。計測したい値が\(-60mV\)ですから話になりません。

今度は電圧計の内部抵抗を\(10MΩ\)にしましょう。電圧計に流れる電流は約\(4pA\)で電圧計の読みは\(-40mV\)になります。同様に内部抵抗が\(100MΩ\)のとき電圧計には\(約-0.57pA\)の電流が流れ\(V_e\)の値は\(約-57mV\)になります。この辺りまでくるとギリギリ許せるといったところでしょうか・・・。

実はwhole-cell patch clampにおいて\(R_s\)の値は一般的なオシロスコープのインプットインピーダンスや電圧計の内部抵抗に比べて十分に小さくないので直接電圧を図ろうとしても無視しがたい誤差が生じてしまうのです。

そこで登場するのがハイ受けロー出しのオペアンプです。下図を見てください。

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計算の簡単な部分はもう書き込んじゃいました。もう少し計算を進めて\(i_e\)を求めてみましょう。

\begin{align} i_e+\frac{i_eZ_{in}A-{E_m-i_e(R_s+Z_{in})}}{Z_{out}}=\frac{E_m-i_e(R_s+Z_{in})}{r} \end{align}

\begin{align} i_e(rZ_{out}+rZ_{in}A+rR_S+rZ_{in}+Z_{out}R_s+Z_{out}Z_{in})=Z_{out}E_m+rE_m \end{align}

\begin{align} i_e=\frac{Z_{out}+r}{Z_{in}(rA+r+Z_{out})+r(Z_{out}+R_s)+Z_{out}R_s}E_m \end{align}

ここではオペアンプのインプットインピーダンスを\(10GΩ\)、 アウトプットインピーダンスを\(100Ω\)、ゲインを10万としましょう。電圧計の内部抵抗は\(1MΩ\)にしましょう。

[補足]上図のようなオペ・アンプの接続の仕方はvoltage followerと呼ばれ入力電圧をそのまま出力として出すことができます。以下に数値を計算していますが、確かに入力電圧と出力電圧はほぼ同じです。voltage followerはよく出てくるので余裕がある方は覚えておきましょう。[補足終わり]

\(Z_{in}\)へ流れる電流は\(i_e\)で実際に計算してみると、\(0.00006pA\)です。出力電圧は\(-60.00006mV\)です。そしてこの値がそのまま電圧計の読みになります。このようにハイ(インプットインピーダンス)受けロー(アウトプットインピーダンス)出しのオペアンプを、電圧計と端子の間に配置することによって電圧計単独のときよりも比べ物にならないくらい良い精度で計測することができるのです。

 

Series Resistanceとは ~パッチクランプ法における厄介者~

パッチクランプ法は神経細胞や筋細胞の電気活動を直接記録することができる方法なのですが、原理的にいくつかの制約があるため生体内でおこる現象を完璧に記録するということはできないことになっています。今回はその制約のうちSeries resistanceについて解説していきたいと思います。

Series resistance(Rs)とは通常、Whole-cell patch clamp法において「細胞質と電極の間の電気抵抗」のことをいいます。実験系や実験に用いる細胞によっても異なりますが、Series resistanceは10MΩ以下くらいが望ましいです。Pipette resistance(Rp:ガラス電極と外液の間の抵抗)は1~5MΩくらいあって、主にガラスピペット先端の穴の大きさと形に依存します。穴が大きければRpは小さくなります。ガラスピペットを細胞に密着させてwhole-cellの状態にしたときの電極と細胞質との間の抵抗がSeries resistance(Rs)と呼び、Rpと穴の開き具合に依存します。ピペット内径が狭くRpが大きい場合はRsは大きくなりますし、細胞膜につくった穴が小さい場合もRsが大きくなる原因となります。現実にはほぼあり得ませんが、ピペットの形通りに穴を開けることができたとすればRs = Rpとなります(多くの場合穴の大きさはピペット内径より狭くなる)。下の図を見てみましょう。

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図の左側はWhole-cellの状態を絵にしたものです。ガラス電極が細胞膜に密着させてあり、その部分で細胞膜が破れています。図の右側は絵の状態を等価回路に置き換えたものです。回路のアースについては、細胞外の電位を基準(=0)としたという意味です。Imは電極を通る電流、Rmは膜抵抗、Cmは膜容量、Vmは膜電位、Vpはピペット電位と呼び、Voltage clampの実験ではアンプで設定した電位のことを指します。

以下ではRsが実験にどのような影響を及ぼすか考えてみます。Voltage clampの実験では膜電位をどれくらい正確にコントロールできるかが重要となってきますので、VpとVmの間にどの程度の差があるかを計算してみます。

\begin{align} V_p-V_m &= Im \cdot R_s \\ \end{align}

ここでIm = 1nA, Rs = 10MΩ とおくと、

\begin{align} V_p-V_m &= 1nA \cdot 10M\Omega \\\ & =1mV \end{align}

以上からVpとVmの間で1mVの誤差が存在することになります。通常はこの程度の誤差は許容されます。ではIm = 10nA, Rs = 15MΩではどうでしょうか。

\begin{align} V_p-V_m &= 10nA \cdot 15M\Omega \\\ & =15mV \end{align}

 15mVです。これはどうでしょうか?15mVというと、例えば膜電位を-70mVで固定(クランプ)していたとすると実際の膜電位は-85mV(あるいは-55mV)になってしまっているということになります。これは無視できない大きい誤差と言えるでしょう。なぜかというと、膜電位は直接的にイオン電流の大きさに影響を与えるからです。そこで、Driving forceというものを考えてみましょう。Driving forceとはある一つのイオンに対して定義される値で、膜電位からあるイオンの平衡電位を引いた値のことです。数式で書くと下のようになります。

\begin{align} V_D = V_m - Veq & \\ \end{align}

例えばK+チャネルを通る電流は透過性が一定であってもK+のDriving forceが大きくなれば大きくなり、Driving forceが小さくなれば小さくなります。Na+チャネルやほかのイオンチャネルについてももちろん同じことが言えます。

Rsの問題点は、実験中変化することにあります。膜に開いた穴は、時間経過の中でふさがってくることもありますし、ピペットに引き込まれて中でつまることもあります。逆に突然穴が開いたり、ピペットの詰まりが急に解消されたりすることもあります。

もしイオン電流の記録中にRsが変化してしまった場合、膜電位は変化します。よってイオン電流のDriving forceが変わり、電流の大きさが変わってしまいます。つまり、イオン電流の大きさそれ自体は変わっていないかもしれないのに、記録上の電流は大きくなったり小さくなったりしてしまうといったことが起こるわけです。上の計算結果からわかるように、この誤差は流れる電流が大きければ大きいほど大きくなるという特徴があります。ですからRsの影響は記録する電流が小さいときは少なくて済みますが、大きい電流を記録する実験では無視できなくなってくるのでRsを小さく抑える努力をしなければいけないということになります。

Rsが大きくなると他に、電流のKineticsが遅くなって波形がなまってしまうという影響があります。これも生体内で生じる電流が正確に記録できていないという点でパッチクランプの問題点として挙げられます。

 以上のようにRsによる問題点を解消する方法として、Series resistance compensationという方法があります。これについてはまた次回以降で解説していきます。

電気生理学の用語集(基本)

 

このページでは基本的な電気生理学の用語を確認しましょう。

■ 膜電位:細胞外をゼロとしたときの細胞内の電位。

■ 脱分極:膜電位がプラス方向へ動くこと。例えば-80mVの膜電位が-50mVに変化したとすれば、「細胞は脱分極した」と言う。

■ 過分極:膜電位がマイナス方向へ動くと。脱分極の反対。

■ 活動電位:神経細胞や筋細胞が急激に脱分極し、さらにその後急激な過分極を起こす現象。電位依存性Na+チャネルによるNa+の膜透過性の急激な変化が活動電位のメカニズムである。膜電位変化は細胞の中で起始部ほど大きく、起始部から遠ざかるにつれて減衰していくが、活動電位の場合電気信号が全く減衰せずに細胞の隅々まで伝わる。特に神経細胞ではその形態から、細胞体と軸索(あるいは軸索末端)の距離は大きく離れているため活動電位が重要である。筋細胞の活動電位は筋細胞の収縮を引き起こす。

■ コンダクタンス:直流回路では抵抗の逆数をコンダクタンスという。コンダクタンスの上昇は電流が流れやすくなることを意味する。例えば細胞膜上にあるたくさんのNa+チャネルがいっせいに開口した場合、細胞膜のNa+に対するコンダクタンスが高度に上昇したということができる。

シナプス:化学シナプスと電気シナプスの二つに分けられる。いずれも神経細胞の電気活動を別の神経細胞へ伝えるため神経細胞同士が近接している部分の構造のことを言う。シグナルを伝える方の細胞をシナプス前細胞 presynaptic cell、シグナルを伝えられる方の細胞をシナプス後細胞 postsynaptic cellという。

■電気シナプス:電気シナプスでは神経細胞の細胞質同士がgap junctionにより結合されている。よってシナプス前細胞とシナプス後細胞は電気的につながっておりシナプス前細胞からシナプス後細胞に電流が流れる。

■化学シナプス:化学シナプスではシナプス前細胞とシナプス後細胞がシナプス間隙と呼ばれる細胞外空間で仕切られている。化学シナプスシナプス前細胞のシナプスを構造する部位;シナプス前部とシナプス後細胞のシナプスを構造する部位;シナプス後部、そしてシナプス間隙から構成される。シナプス前部のうちシナプス間隙へ面する細胞膜をシナプス前膜 presynaptic membraneと呼びシナプス後部のうちシナプス間隙へ面する細胞膜をシナプス後膜postsynaptic membraneと呼ぶ。ちなみに化学シナプスをうつした電子顕微鏡画像は非常に有名であり、教科書ならなんでも載っているのでぜひ参照されたい。

シナプス後電流:シナプス前部からシナプス間隙に放出された神経伝達物質は、シナプス後部にある受容体に結合する。シナプス後部にある受容体は神経伝達物質により活性化されると、シナプス後部のイオンコンダクタンスを変化させる。このときのイオンコンダクタンスの変化によりシナプス後部に流れる電流をシナプス後電流という。シナプス後電流の方向が膜を脱分極させる方向である(細胞外→細胞内)場合特に、シナプス後電流は興奮性シナプス後電流 EPSCという。反対に膜を過分極させる方向(細胞内→細胞外)の場合特に抑制性シナプス後電流 IPSCという。

シナプス後電位:シナプス後電流が流れるとシナプス後部の膜電位が変化する。このときの電位変化をシナプス後電位と呼ぶ。シナプス後電位は、脱分極側に振れる場合特に興奮性シナプス後電位 EPSP、過分極側に振れる場合特に抑制性シナプス後電位と呼ぶ。

シナプス後肥厚 postsynaptic density:化学シナプス電子顕微鏡画像においてシナプス後膜直下にそれと並行するように観察される黒く密度の高い部分がありシナプス後肥厚と呼ばれる。シナプス後肥厚は神経伝達物質シナプス後細胞が受け取る重要な構造物であり、蛋白質が非常に密集しているため電子顕微鏡で黒くうつる。例えばNMDA受容体はneuroliginという蛋白質を介してシナプス後肥厚にあるPSD95(postsynaptic density 95)という蛋白質に結合している。PSD95はさらに細胞骨格と結合しており、NMDA受容体の足場蛋白質として受容体をシナプス後膜に安定させるのに重要な役割を果たしている。

■ active zone:シナプス前終末においてexocytosisが起こる部位のこと。小胞の膜融合に必要な蛋白が存在し分子密度が周りと比べて特に高いため、電子顕微鏡では黒く見える。