シークエンス

塩基配列を決定するPCRはシークエンスPCRまたはシークエンスと言います。以前このブログでも説明したように、PCRとは塩基配列があったとして、その中の特定の部分を何回もコピーして増幅する操作のことです。ではこの増幅と塩基配列の決定にどういう関係があるのでしょうか。今回はその原理を解説していきたいと思います。

まずPCRに必要なものをおさらいしておきます。まずは何といっても鋳型となるDNA(テンプレート)です。それと酵素とプライマーも必要となります。これは前回のPCRの説明では触れなかったところですが、PCRにはdNTPを加える必要があります。dNTPとは塩基配列の"塩基"のことで塩基(dNTP)が連なって塩基配列をつくると考えると理解しやすいと思います。NにはA, T, G, Cの四種類あります。したがってdNTPは省略せずに書くとdATP, dTTP, dGTP, dCTPの四種類あるということになります。dNTPはPCRのいわば原料にあたりますから、それが十分量ないとPCRが進まないということは想像に難くないでしょう。

さらにシークエンスを理解するうえでもう一つddNTPについて理解する必要があります。dNTPのdはデオキシを意味します。NTPから酸素が一つとれたという意味です。そしてddNTPのddとはジデオキシを意味します。NTPから酸素が二つとれたという意味です。dNTPは手が二つあり、前の塩基と手をつなぎさらに後ろにも手を伸ばして次の塩基とも結合し塩基の配列を作ることができます。しかしddNTPは手が一つしかないので前の塩基とだけしか手がつなげません。したがってddNTPが塩基配列に加わるとそこで塩基配列が終了してしまい、それ以降伸長が起きなくなります。これがシークエンスの原理の肝となります。

シークエンスでは鋳型となるDNAとプライマーを一種類だけ、そしてdNTPと少量のddNTPを混ぜてPCRの時と同じようにdenaturation, annealing, extentionのサイクルでサーマルサイクラーにかけます。この条件でPCRをかけますとdNTPを原料としながらDNAの伸長が進み、あるところでddNTPが原料として混入することで伸長が終わるということが繰り返されます。すると何が起こるかというと、プライマーから一つ目の塩基がddNTPになるDNA鎖もあれば、1000bpも伸長が続いてやっとddNTPが結合することで伸長が終わるようなDNA鎖もあり、様々な長さのDNAが存在することになります。シークエンスでは普通のPCRと違って特定の塩基配列を増幅するというよりもむしろ、いろいろな長さのDNAを作ることが重要なわけです。これをゲルで流してみましょう。図を見てください。

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一番遠くまでゲルを流れたバンドはプライマーから一塩基目にいきなりddNTP(上の例ではddGTP)が当たって、伸長が一塩基しか行われなかったDNAたちがバンドを作っていると考えられます。一番手前のバンドはプライマーから26塩基目までdNTPが使われたのち27塩基目でddNTP(上の例ではddATP)が当たって伸長が止まったDNAたちが作ったバンドであると考えられます。現在一般的に行われるシークエンスではddATP, ddCTP, ddTTP, ddGTPがそれぞれ別々の色で蛍光マークされています。そうするとイメージはラダー一本一本が単色で光っているという風な絵が想像できると思います。この蛍光を読み取ることでシークエンスが行われているのです。

実際にはプライマーから近い方の配列は読むことが難しいです。その理由はプライマーから近いところで伸長が止まったDNAは塩基配列が極端に短いので、ゲル泳動したときにバンドとしてきれいに見えないことが原因であると考えられます。プライマーから遠いところでも1kbpとか2kbp先になると今度はシークエンスPCRの過程でそこまで伸長に成功したDNAの数が少なすぎるのでバンドとしてきれいに見えないことが原因で読み取ることはできません。きれいにバンドが見える領域はだいたいプライマーから100bp~1kbあたりでしょう。

ゲルについてですが、シークエンスの場合とても大きいゲルが必要になります。現在はチューブの中にゲルを作ってそこにDNAを流すことによって効率的に配列を読み取ることができるようになっています。チューブといっても細い線のようなもので、板でつくると巨大なゲルになるような長さでもこの方法ならスペースをとりません。

 

PCRの原理

PCRの原理

PCRは非常に基本的な技術です。PCRはPolymerase chain reactionの略であり、簡単に言うと特定の遺伝子領域を増幅することを言います。「特定の」という意味は、あらかじめ増幅する場所の塩基配列を知っておく必要があるということです。

まずPCRの基本原理を説明します。DNAを増幅するにはポリメラーゼが必要です。ポリメラーゼとは以下に示すようにDNAの欠けた部分をコピーしながら伸ばしていく酵素です。

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しかしこのポリメラーゼ、DNAにくっついてDNAを伸ばすことはできても何もないところに材料だけ与えられてもDNAを作ることができません。そこでPCRでは特定の配列をこのポリメラーゼに増幅させるために、ポリメラーゼが増幅を開始する開始点を用意してあげなくてはなりません。これをプライマーと言います。プライマーは20塩基程度の塩基配列です。このプライマーが(哺乳類のゲノムであれば)60億の塩基配列の中の狙った領域に特異的に結合し、そこからポリメラーゼが伸長を開始することで増幅が始まります。以下に示すのがPCRの全体像です。

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PCRは水素結合で二本鎖になったDNAを一本鎖にするところから始まります。このステップはDNAを高温にすることで達成されるのでDenaturation(変性)と言います。

次は一本鎖になったDNAにプライマーを水素結合させるために温度を下げます。このことをAnnealingと言います。Annealingの完了によって酵素がDNAを作る準備が整いました。

DNAにAnnealしたプライマーを開始点としてポリメラーゼがExtention(伸長)を行います。このときAnealling温度より少し温度を高くします。これは酵素の特性と関係しています。PCRでは熱に強いタイプのポリメラーゼが用いられます。私たちの体で働いているポリメラーゼは実は熱に弱くて何度も温度を上げたり下げたりするPCRには向きません。PCRの発見において、PCRの仕組みを思いつくのもすごいことですが、熱耐性を示すポリメラーゼの発見もまた非常に重要だったわけです。

少し脱線してしまいましたが、伸長が終わるとまた初めに戻ってDenaturationからです。これを30サイクル程度行うと、ゲノム上の狙った部分が2の30乗ほど増幅されるというわけです。

PCRの使いどころ

PCRは主にGenotypingやシークエンスに用います。Genotypingとは動物の遺伝子型を調べることを言います。マウスだとしっぽや指、あるいは耳の一部を切り取ってきて、その組織からゲノムを抽出してPCRを行います。ゲノムをtemplate (鋳型)として行うPCRなのでGenome PCRと言うこともあります。シークエンスはPCRの変わり種で、サンガー法をはじめとする多くの手法でこのPCRの原理がDNAの塩基配列を決定するのに役に立ってきました。Sequencing PCRと言ったりします。

ということで今度はgenotyping PCRについて解説していきます。

下の図を見てください。

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上はWild type(野生型)で下は遺伝子の最後にGFP遺伝子を挿入したものです。

【補足】

GFPはGreen fluorescent proteinの略で緑色に光る蛍光たんぱくです。GFPはこのように遺伝子のお尻にひっつけることで遺伝子の発現状況を視覚的に認識できるので分子生物で汎用されている方法です。

【補足終わり】

これは単なる例ですが、genotypingとはこのように遺伝子型の異なった個体を識別する方法です。

PCRで増幅する場所はPrimer プライマーによって決まります。Primerは20塩基くらいの短いDNAでforwardとreverseの二つあり、その2つに挟まれた領域が特異的に増幅されます。この20塩基程度の配列はどこにでもあるような配列ではなくゲノム上にたった一カ所にしかないような特異的なものでなければなりません。このプライマーの設計がPCRの成功に大きく影響をあたえます。

先ほど用いた例をそのまま使って実験を行います。

Wild typeかGFP挿入型か未知のマウスのゲノムを用いてgenotypingを行います。コントロールのマウスのDNAも用意しておきます。コントロールとはこの場合、GFP挿入型であることが既知のマウスとGFP挿入型でないことが既知のマウスです。

プライマーは図に示した位置の配列を用います。するとGFP挿入型の増幅されたDNAよりWild typeのゲノムから増幅されたDNAの方がGFPの分だけ短いことがわかります。genotypingではこの長さの差を検出することになります。

アガロースゲルにPCRで増幅されたDNAを注入して、電気泳動を行います。下を見てください。

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DNAはマイナスに帯電しているので電圧をかけるとゲルの中をマイナスからプラス方向へゆっくりと移動します。

そして、「大きいDNAの方がゲルの中を移動する速度が遅い」のでサンプルごとにDNAのスタート地点からの距離を見ると短い方がたくさん進んでいることが分かります。コントロールのPCR産物と距離を比べてぴったり一致した方をそのマウスの遺伝子型とします。上の図ではUnknown①とUnknown③がGFP挿入型でUnknown②がWild typeということになります。

Emacsのorg-modeを使った論文管理

Emacs, org-modeでらくらく論文整理

 

読んだ論文をどういう方法で整理するか悩んだことがある人は多いと思います。今回は僕が論文を整理している方法を紹介したいと思います。

僕はemacsというソフト上で動くorg-modeを使っています。僕はorg-modeを読んだ論文のメモとして使っています。使い方は後述します。

論文を書くときにはMendeleyやEndonoteのようなソフトが非常に便利だと思います。

以前は読む論文をすべてダウンロードしてパソコンに保存していました。このままでは論文を持っていても必要なときに取り出せないのでFileDiverというソフトを使います。FileDiverとはフォルダ内のファイルの文字列を一気に検索できるソフトです。非常に便利でしたが、論文用のフォルダの容量が大きくなるのがいやで結局やめてしまいました。(ただ、FileDiverはめちゃくちゃ便利です。)

そこで今のorg-modeと出会いました。org-modeの特徴はなんといってもテキストなのでデータが非常に軽いことと、ファイルの数が少なくて済むということです。僕はTODOやスケジュール、今度見たい映画からソフトの細かい使い方などありとあらゆるメモを一つのファイルに集約しています。そう言ってしまうと、今度はファイルの中でどこにメモがあるか探すのに苦労しそうですがorg-modeの文書ではツリー構造という書き方があるのでそういう心配もありません。例を見てください。

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アスタリスク*の数はツリーの階層を示します。org-modeでは階層ごとに展開したり折りたたんだりできます。"* Paper"は展開すると下の階層に論文のメモがあるという意味です。論文用にファイルを一つ用意するのならこの項目は必要ありませんが、一つのファイルで複数の種類のメモを取りたい方には必須となります。タグ付けもできます。僕の場合、ジャーナルや内容を表す単語、年度などを付けておきます。

そしてTABキーを押すことで以下のように自由に折りたたむことができます。

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展開もできます。

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パッチクランプの原理

 

今回はこのパッチクランプ法の中でも、最もメジャーな方法のひとつであるWhole cell voltage clamp法について解説したいと思います。

Voltage clampとは電位(Voltage)を一定に保つ (Clampする)という意味です。なのでWhole cell voltage clampの意味するところは、細胞の(膜)電位を一定に保つということになります。細胞の膜電位については以下の記事を参照してみてください↓

biologyhouhou.hatenablog.com

膜電位を一定の値にキープするためには、細胞外部の電極から細胞の中へ電流を流さないといけません。これを行うのにガラス電極が必要になります。

下図のように細い中空の borosilicate glass を熱して溶かしながら引くことで先端が細く穴のあいたガラス管ができあがります。先端はだいたい直径で数umでしょうか、細胞の大きさより小さい穴が先端にあいた針のようなガラスができあがります。ガラス管のお尻(先端と反対側)の直径は数mmです。ガラス管の先端に空気が入らないように電解液を詰めてお尻から銀製の電極を挿せばガラス電極の完成です。詰める液体は基本的には細胞内液と似たようなイオン組成をした液体を詰めます。細胞内液または内液と言います。

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 ここまで準備が完了したらいよいよパッチを取っていきます。ガラス電極の先端を細胞に近づけていきます。細胞に十分先端が近づくと、あるいは先端を細胞に押し付けると細胞がへこみます。このへこみをディンプルと言います。ディンプルを確認したら、内液が入ったガラス管に陰圧をかけます。

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 陰圧をかけることでガラス電極の先端と細胞はギガオーム以上の抵抗で密着します。このことをシールまたはギガオームシールというのですが、whole-cell patch clamp法ではこのギガオームシールを作ることがとても重要です。ギガオームシールが形成されたことを確認したら、さらに陰圧をかけて細胞に穴をあけます。穴が開くことで細胞内の電位を人工的にコントロールする準備が整うわけです。

シールが形成されたことを確認したらと言いましたが、シールの形成は見た目にわからないので、電流を流すことでシールの形成を確認します。少ししんどくなりますが、ここから、シールの形成と電流の関係について説明していきます。

電極はオペアンプを用いた回路により正確に電位をコントロールすることが可能になっています。

[補足]オペアンプについて詳しく学びたい方はこちらをご覧ください

 

biologyhouhou.hatenablog.com

 [補足終わり]

シールを作って細胞に穴を開ける過程では通常、Test pulseと呼ばれる四角く変化する電位を持続的にガラス電極に与えます。例えば0 mVから-10 mvに瞬時に切り替わってまた0 mvに戻るようなパルス電位を設定するとします。以下に細胞にシールを作ってから細胞に穴をあけるまでに電極を流れる電流の特徴的な波形を示します。

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f:id:emuqcqkihw:20160303222543j:plain実験者は実験中常にtest pulseを流しています。そしてそれによって流れる電流の形を見ることで私たちは細胞の状態をリアルタイムで知ることができるのです。パッチクランプの実験では細胞の状態が悪くなったりよくなったり、状況はいつも瞬時に変化する可能性があるのでtest pulseを使って細胞を見張っておく必要があるのです。

今度は細胞と電極の関係を等価の電気回路に書き直して考えてみることにします。これを理解するとどうして上図のような特徴的な電流が流れるのかがわかると思います。

まずガラス電極の先端は非常に小さい穴が開いているだけなのでここに抵抗が存在します。さらにガラス電極の壁は薄くて面積が広いのでここに電荷が溜まりやすいです。よってガラス電極の壁は電気回路ではコンデンサに書き換えられます。下図を見てください。ガラス電極を電気回路に書き換えてTest pulseに対応して流れる電流を計算してみました。簡略化のため、始めピペットには電荷がたまっていない状態を考えます。

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膜容量成分に流れる電流は、

\begin{align} I_c&=\frac{ \mathrm{ d } Q }{ \mathrm{ d } t } \cdots (1)\end{align}

であり、細胞外と細胞内の電位差は以下のように二通りで表すことができます。

\begin{align} r \cdot I + \frac{Q}{C_p} &= V \cdots (2)\end{align}

\begin{align} r \cdot I + R_p (I-I_c) = V \cdots (3)\end{align}

(2)より

\begin{align} r \cdot C_p \cdot I + Q &= C_p \cdot V \end{align}

\begin{align} Q =& C_p \cdot V - r \cdot C_p \cdot I \end{align}

(1)に代入して

\begin{align} I_c&=\frac{d}{dt} (C_p \cdot V - r \cdot C_p \cdot I) \\&= C_p \frac{d}{dt}(V - r \cdot I)\end{align}

(3)に代入して

\begin{align} (r+R_p)I - C_p \cdot R_p \frac{d}{dt}(V-r \cdot I) = V \end{align}

\begin{align} I - \frac{C_p \cdot R_p}{r+R_p} \cdot \frac{d}{dt}(V-r \cdot I) = \frac{V}{r+R_p}\end{align}

\begin{align} I + r \cdot \frac{C_p \cdot R_p}{r+R_p} \frac{dI}{dt} = \frac{C_p \cdot R_p}{r+R_p} \cdot \frac{dV}{dt} + \frac{V}{r+R_p} \end{align}

ここで、

\begin{align} \frac{dV}{dt}=0 \end{align}

として、tについての微分方程式を解くと

\begin{align} I = \pm e^ {-\frac{r+R_p}{r \cdot C_p \cdot R_p}t} + \frac{V}{r+R_p} \end{align}

であり、電流の形は下図のようになります。

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以上のようにコンデンサと抵抗の並列回路では、電圧の変化に対応して電流が急激に流れその後減衰していきます。シールが形成される前Rpは十分大きくないので容量成分の電流はあまりよく見えませんが、シールが形成され始めてピペット先端の電気抵抗が非常に大きくなると容量成分の電流がとがって見えるようになります。

生物分野の研究においてパッチクランプがどのように役立つかについての記事を書きました。ぜひご覧ください。下のリンクです!

biologyhouhou.hatenablog.com

 

自己紹介

生物学の実験を行っていくうえで、教科書からはなかなか読み取りづらい実践的な部分をわかりやすく解説していきたいと思います。特に電気生理学分野は専門外の方にとってはイメージしにくいことが多いと思いますので、そのあたりの記事を重点的に書いていこうと思っています。

質問がございましたらぜひコメント欄に記入してください。宜しくお願いします。

予告

 パッチクランプの原理

 PCR

 読んだ論文の整理方法

 パッチクランプ応用編

 パッチクランプ内液について

 Western blot

 Real time quantitative PCRとは

 など