いろいろあるよイオンチャネル① K+チャネル

K+チャネル

 

「いろいろあるよイオンチャネル①」ではK+ channelについて学習しましょう。K+ channelはPotassium ion channelと読んでください。

■ K+チャネルの構造

基本的にK+ channelは同一のサブユニットが四つ集まって一つのチャネルを作ります。

そしてK+ channelのサブユニットには必ず次のような構造が存在します。それは、二つの膜貫通セグメントとそれを細胞外側から結ぶ短いループ(P Loop)です(下図左)。これがK+ channelのトレードマークです。下図左のように、Inward rectifiersと呼ばれるタイプはK+ channelの基本構造のみで構成される最もシンプルなK+ channelです。

この基本形にプラスアルファで構造が増えると、例えば下図右のようにCa2+-activated K+ channelになったりあるいはVoltage-gated K+ channelになったりします。Voltage-gated K+ channelではS4(下図で黄色く塗られたセグメント)がvoltage sensorとして機能します。

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P loopによって結ばれた二つの膜貫通ドメインの間には空間が存在し、サブユニットが四つ集まったときポアと呼ばれる親水性イオン透過路が形成されるようになっています。ポアの大きさとP loopはK+を選択的に透過するためのフィルターとして機能しています。

続いてもう一つ代表的なK+ channelとしてLeak K+ channelがあります。下図のようにサブユニットがポアの構造を二つ持つので2ポアドメインとも呼ばれます。

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以上のようにK+ channelは四つ(Inward rectifiers, Voltage-gated K+ channel, Ca2+-activated K+ channel, Leak channel)のタイプに大別できます。

■ K+チャネルの電気生理学的性質

1. Voltage-gated K+ channel

Voltage-gated K+ channelは構造の章でも説明したように6つの膜貫通セグメントと一つのP loop構造を持っています(6TM/Pと書くこともある)。

4つ目のセグメントS4がvoltage sensorとしての働きを持ち、膜電位の変化に応じてチャネルの構造変化を引き起こします。

具体的には静止膜電位から脱分極したときに開口し、またもとの静止膜電位に戻ると(過分極すると)、あるいは膜電位が脱分極のままでも閉口します。なぜ閉口するときの条件が二つあるかというと、Voltage-gated K+ channelの中にさらにいろいろな種類が存在するからです。

下図はあるタイプのVoltage-gated K+ channelをZenopus oocytesに発現させて、その細胞からvoltage clamp法で記録を取ったデータです。

 

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膜電位を-90mVに一定時間保った後脱分極パルスを加えて記録を行っています。記録を見てみると、脱分極直後に電流が最大流れ、脱分極を保持した状態で電流がゼロまで減衰していくのがわかります。

このチャネルはAタイプと呼ばれ、示したように脱分極により活性化し、活性化後膜電位によらず不活化するという特徴があります。Shakerとも呼ばれています。

2. Inward rectifier, Kir

Inward rectifier (Kir) は構造の章で説明したように、2つの膜貫通セグメントと1つのP loop構造を持っています(2TM/Pと書くこともある)。

Inward rectificationとは日本語で内向き整流という意味です。つまりInward rectifierは内向き整流作用を持ったチャネルという意味になります。

K+は細胞内濃度の方が高いので濃度勾配に従うと外向きに流れるのがふつうです。しかし例えば、膜電位がK+の平衡電位より低い場合はK+はクーロン力が濃度勾配による拡散力に勝るので内向きに流れることになります。

よってKirは膜電位がK+の平衡電位より高い(脱分極側)時にはK+の流出をブロックし、逆に過分極側になるとブロックが解けて内向きに電流を通すようになるという性質を持っています。

Kirの外向き電流のブロックの正体は細胞内液中に存在するMg2+(またはポリアミン)です。マグネシウムブロックと言います。細胞内にはMg2+が存在しています。この細胞内Mg2+がKirの孔を細胞内側から塞ぐことでK+の外向き電流がブロックされます。

Kirはサブファミリーを形成していて、ATP感受性を持つものやG proteinによって活性化されるものなどいろいろなタイプがあります。Kirを発現する細胞は心筋細胞と神経細胞です。

Kirの機能として実は外向き電流が重要です。脱分極時、内側からマグネシウムブロックがかかることは先ほど説明しましたが、K+の平衡電位から数mV脱分極側程度の膜電位ではマグネシウムブロックがあまり強くないためKirは外向きにK+電流を流します。

ですから、Kirは膜電位が平衡電位付近では開いている状態と考えてよく、膜電位をK+の平衡電位に維持する役割を果たしていると考えられます。

よく教科書でKirは膜電位を低く保持する役割があるなどと書かれているのはそういう理由からです。

3. Leak K+ channel

前の章"K+チャネルの構造"では基本的にK+チャネルは同一のサブユニットが四つ集まって一つのチャネルを形成していると書きました。

しかしLeak K+ channelはこの例外にあたり、同一のサブユニット(あるいは同一ではないが基本構造は同じサブユニット)が二つ集まって一つのチャネルを形成しています。

というのも、Leak K+ channelは一つのサブユニットあたり2つのP loopを持っているのでサブユニット二つでちょうどポアが形成されるようになっているからです。2つのP loopと4つの膜貫通ドメインを有しているので4TM/2Pと書きます。2 Pore domain K+ channelともいいます。

Voltage-gatedやInward rectifierと比較すると、膜電位に応じたコンダクタンスの変化がほぼないという点が大きな特徴となります。

Leak K+ channelは構造的かつ機能的に大きく6つのサブファミリーに分類されます。TWIK, TASK, TREK, THIK, TALK, TRESKです。これらは、細胞内液、細胞外液のpHやアラキドン酸、Ca等によって活性化、あるいは不活性化を受けることが知られています。それぞれの活性化因子や不活性化因子はサブファミリーごとによって細かい違いがありますが、この記事では割愛します。

以上からLeak K+ channelは膜電位非依存性に、細胞内外のpHや種々の分子による活性化、不活性化を受けてK+電流を通したり通さなかったりするチャネルであるということができます。

4. Ca2+-activated K+ channel

Ca2+-activated K+ channelは細胞質内のフリーCa2+濃度の上昇によって活性化されます。 膜電位による活性化は受けません。

細胞が活動電位を起こすと、電位依存性Ca2+チャネルが開口し細胞質内へCa2+が流入します。その際の細胞質内のCa2+濃度の上昇がCa2+-activated K+ channelの活性化を引き起こします。

Ca2+-activated K+ channelはLarge conductanceタイプ(BK)とSmall conductanceタイプ(SK)に大別されます。

構造はVoltage-gated K+ channelとよく似ています。BKは7TM/P、SKは6TM/Pという形をしています。BKはS1のN末側にもう一つS0という膜貫通セグメントがあってN末端は細胞外にあります。BKとSKには、C末側の細胞内の構造の中にCa2+を感知する構造があります。

SK channelは活動電位に伴って活性化することで急激に脱分極した細胞の膜電位をベースラインまで引き下げる効果があります。膜電位を脱分極させる仕組みもあれば、そのあと元通り過分極させる仕組みもあると考えるとわかりやすいでしょう。

また、SK channelは海馬のPyramidal neuronなどで活動電位直後に一旦ベースラインよりも膜電位が深く沈んだのちに、もとの静止膜電位に戻るAfterhyperpolarization, AHPという現象を引き起こします。

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これは活動電位によりSK channelが活性化され、K+の透過性がベースラインよりも高まったため、膜電位がK+の平衡電位により近づいたというふうに考えられます。

中脳黒質に存在するドーパミンニューロン(DA neuron)は、スパイクの直後にAHPの相に入り、そこからゆっくりと脱分極して次のスパイクに続くというパターンが特徴的です(下図)。f:id:emuqcqkihw:20160615225501j:plain

スパイクとスパイクの間隔(インターバル)が一定にコントロールされていることから、SK channelがペースメーカーとしての役割を担っていると考えられています。

 

BK channelの説明については、あとで書き足しておきます。

 

PCRで使われる酵素について

 

TaqとKOD

PCRで使われる酵素は耐熱性のDNAポリメラーゼで、現在よく利用されているものでは大きく分けてTaqとKODの二種類があります。

好熱細菌のThermus aquaticusから単離されたポリメラーゼなのでTaqという名前がついています。Taqは走り屋として知られ、DNAの伸長速度が速く、DNAの増幅が安定しているためgenotypingに用いられます。

KODはTaqよりも少し高級なポリメラーゼとなります。違いはずばりproof readingと呼ばれる機能です。Proof readingとはDNA伸長過程においてポリメラーゼが正しくない塩基を誤ってつなげてしまった場合に、伸長するのを一旦ストップした上で直前の塩基を分解し、その部分の伸長をもう一度やり直すという機能のことです。ポリメラーゼは5'→3'方向にDNAを延長させていくことはご存知だと思いますが、5'→3'の方向にDNAを分解することもできます。そしてKODなどproof readingの機能活性をもつポリメラーゼは特に3'→5'方向にDNAを分解する活性をもちます。このことを3'→5'Exonuclease活性と呼び、proof readingの核となる酵素活性です。

Taqは走り屋なので振り返らずにただひたすら前を見て伸長するのみですが、KODは伸長したらそれが正しいかどうか逐一チェックします。つまりKODの方が正確な増幅に長けていると言えます。KODのように正確で高価なポリメラーゼは主にクローニングで用います。遺伝子をミスなく正確に増幅することが必要だからです。

それぞれのポリメラーゼがミスマッチを起こす頻度というものは報告によって違うので企業のホームページなどを参照してみてください。以下の東洋紡ライフサイエンスのホームページではエラー率が分かりやすく載っています。

東洋紡ライフサイエンス事業部 / 高正確・高効率・高速PCR酵素 KOD -Plus- Neo

TAクローニングとTaq

あとTaqにはもう一つ有名な性質があります。それは伸長の最後、3'末端にdATPを一塩基付加するという性質です。対となる塩基がないにも関わらずTaqは最後に一塩基付加するのです。この性質によりTaqを用いたPCRによって得られるPCR産物はすべて一塩基のオーバーハングをもつことになります(オーバーハングとは二本鎖DNAの片方が突出しているという意味です)。Taqによってできるオーバーハングを利用したTAクローニングというクローニングの手法があります。TAクローニングは古典的かつ、いまでもよく行われている方法です。また今度詳しく解説させていただこうと思います。

 

 

自分の行う実験についてよく知る

自分の行う実験についてよく知ることは重要なことです。

このことをきちんとできていない学生の方はとても多いです。あるいはこういうことを当たり前のようにできるようになった方が学生を晴れて卒業し、プロの研究者になると言った方が正確かもしれません。

みなさんがいま行っている実験について自分がどのように勉強したか思い出してみてください。人に教えてもらう、教科書を見る、インターネットを使って調べる、いろいろ方法はあります。その中でも私がお勧めするのは以下の方法です。

①人に教えてもらう。

②自分が行いたい実験に近い実験を行っている論文のメソッドを熟読する。

③できるだけ専門性の高い本を読み、さらにその本に参考文献として載っている昔の論文を参照する。

①は実験手技を学ぶ上で基本中の基本となることです。どんなに本をよく読んでも、実は文字にならないようなことが重要だったなんてことはよくあります。難しい実験になればなるほど、技術ある人に教えてもらえるかどうかが重要になってきます。本当に難しい実験ならば海を渡って教えを請いにいくなんてこともあるでしょう。

②で重要となるのは試薬の量やインキュベーションの時間などの具体的な数字です。数字に注目し、そして記憶しておく癖をつけましょう。似たような実験を行っている論文についてはなるべく漏れがないように検索しましょう。論文ごとの違いについてよく調べてそれらの数値に対する考察をしましょう。濃度、量、時間、温度、数などの客観的な指標を重要だと考えましょう。人の実験と自分の実験は数値のみによって精確に比較できるのです。

③新しい論文もたくさん読まないといけない中で昔の論文を読む時間はなかなか取れないかもしれませんが、それでも是非何個かはさかのぼって読んでみてください。例えばシークエンスなんかでは、初めて論文として発表された当時のサンガー法と今も行われている古典的なシークエンスの方法は少しですが異なります。またNGSと呼ばれる、効率を飛躍的に増したシークエンスの方法も近年行われるようになってきました。その昔サンガー法とは異なるタイプのシークエンスの手法もいくつか提唱されましたが今は行われていません。このように実験一つ一つに発展の歴史が存在するわけで、その歴史を学ぶことは誰も無駄とは思わないはずです。

 

実験の手順一つ一つにすべて意味があります。それらすべてについて理解しましょう。一つでもないがしろにできるものはないです。なんとなくやっているのはとても危険です。それまでうまくいっていた実験が突然うまくいかなくなることはよくあることですが、そんなときに何から見直していいのかわからなくなってしまいます。一度その状況に陥ると何週間、何か月をロスしてしまうことだってあるのです。コンスタントにデータが得られるようなシステムを作ってください。そのシステムを作るために時間を割いて勉強してください。

・・・以上、当たり前のことでした笑

 

 

 

トランスジェニックマウスはどうやって作られるか

トランスジェニックマウス作成は分子生物学の中で非常に基本的かつ重要な技術であり、生物学を勉強するなら概要はしっかり把握しておくべきでしょう。

そして締めくくりに新しいゲノム編集の技術であるCRISPR/Cas9 systemについて、こちらも少しですが説明させていただきます。この技術は従来に比べてトランスジェニックマウスを非常に早く作ることを可能にしました。

それでは手順を追って説明していきます。

トランスジェニックマウス作成の手順

① まずトランスジェニックマウスを作るためには目的の遺伝子が組み変わった細胞を用意しなければなりません。しかもその細胞はES細胞という特別な細胞である必要があります。ES細胞は多能性幹細胞の性質を持っていてどんな細胞にも分化することができます。

② 用意した遺伝子組み換えES細胞を受精卵に注入します(インジェクションといいます)。そしてその受精卵からマウスが生まれます。

③ 生まれたマウスは遺伝子組み換えが行われた細胞と野生型の細胞の二種類の細胞から成るマウスです。このマウスをキメラマウスと呼びます。

④ 遺伝子組み換え細胞を持つキメラマウスと野生型のマウスを掛け合わせることでヘテロマウスを作ります。細胞には一対(二つずつ)の遺伝子が存在しますが、その二つが同一ではない場合にその遺伝子がヘテロであるという言い方をします。つまりこの場合のヘテロマウスは、二つある遺伝子の一方が野生型で一方が遺伝子組み換え型の遺伝子である細胞からなるマウスということに意味しています。キメラとの意味の違いに注意してください。

⑤ こうして生まれたヘテロマウス同士を掛け合わせて目的の遺伝子組み換え細胞のみから成る純粋な遺伝子組み換えマウス(これをホモと言います)を得ることができます。

 

①について補足

目的の遺伝子が組み変わった細胞をつくることをtargetingと呼びます。目的の遺伝子を狙うことからそう呼ばれています。

targetingを行うにはtargeting vectorを用意する必要があります。下の図で示すようにtargeting vectorとはプラスミドの中に”新しく挿入する塩基配列”とそれを挟むように配置されたhomology armが含まれたプラスミドのことです。homology armとは図の緑とオレンジで示した領域のことでGenome DNAと全く同じ塩基配列となっています。Homologyは相同という日本語で表され、全く同じ塩基配列という意味です。このHomology armとゲノムDNAが横並びになるとtargeting vector塩基配列とゲノムDNAの塩基配列が入れ替わるという現象が起こります。これが相同組み換えと呼ばれる仕組みです。相同な配列を利用する組み換えなので相同組み換えと呼ばれます。f:id:emuqcqkihw:20160508130041j:plain

相同組み換えが起こる確率は非常に低いです。ですから相同組み換えが行われていない多くの細胞の中から相同組み換えが狙い通り起こった細胞を探すことは難しく、実験上問題となります。その方法については今回は触れません。

 

②について補足

遺伝子組み換えES細胞が確認できたら今度はそのES細胞を増やします。分裂させてある程度量を確保します。用意したES細胞を、とても細い針の中に吸引して受精卵の中に刺し注入します。

 

 

CRISPR/Cas9 systemについて

CRISPR/Cas9 systemとは中国のFeng Zhangという有名な研究者が2011年に初めて発表してから現在も急速に研究が進んでいるゲノム編集という技術です。

ゲノム修復機構にはいくつか種類が存在しますが、傷ついてない方の塩基配列を鋳型として修復する相同組み換えが最も正確な修復機構となります。相同配列を利用する組み換えなので相同組み換えと呼ばれます。つまり遺伝子組み換えとは、遺伝子修復機構の一つである相同組み換えを利用した遺伝子操作のことを言います。

そして従来の方法では相同配列を持ったtargeting vectorを細胞の中に入れて、偶然相同組み換えが起こるのを待っているというものでした。これだけで、この方法がいかに効率の悪いものかお分かりいただけると思います。

CRISPR/Cas9 systemを用いると、ゲノムに傷をつけることができます。しかも狙った場所特異的に傷をつけることができます。ではtargetingを行う際にこの技術を用いて、相同組み換えが起こってほしいゲノム上の領域に傷をつけると何が起こるでしょうか。

そうです。ゲノム修復機構が働くのです。これがFeng Zhangの発見だったわけです。

ゲノム修復機構が働くということはtargeting vectorの相同配列を利用した相同組み換えが起こる可能性が高くなるということですから、それまで非常に効率の悪かった遺伝子組み換えES細胞を作る過程がスムーズにいくようになったのです。

 

 

静止膜電位とは何か

平衡電位と静止膜電位

 

静止膜電位についてきちんと理解されている方は実は少ないです。まずは平衡電位から解説していきます。

特定のイオンを選択的に透過する半透膜を介して、濃度の異なる液体が接していると一方の電位は上昇、他方の電位は下降し、その後電位は安定します。その際両者の間には電圧が生まれます。このとき片方の電位をゼロとしたときのもう一方の電位を平衡電位とよびます。詳しく説明していきます。

まず濃度の異なる電解液がある特定のイオンに対する透過性を持つ半透膜で仕切られているとします。

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半透膜にはある特定のイオンに対する透過性があるので、そのイオンは異なる液体の間を行ったり来たりすることができます。接している二つの液体の間にはそのイオンの濃度差が存在しますから、当然そのイオンは濃度の高いほうから低い方へ移動するでしょう。イオンはプラスかマイナスいずれかの電荷をもっていますから、濃度勾配に従ったイオンの移動は二つの液体の間に電圧を生むことになるのです。

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ここで次に考えるべきことは、このイオンの移動が一体いつ終わるのかということです。これを説明したのがネルンストの式と言われるものです。ネルンストの式は濃度勾配によるイオンの拡散力と、イオンの偏りによって生じた電圧を等式でつないだもので非常にシンプルなものです。

イオンの濃度差が大きければ大きいほど、イオンが拡散する力が強くなります。そしてイオンが半透膜を濃度勾配に従って移動すればするほど二つの液体の間の電位差は大きくなります。電圧によるクーロン力が濃度勾配による拡散力とつり合ってくるようになるとそれ以上電圧が上がらなくなります。この時点での電圧を平衡電位と言います。

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それでは膜電位の説明に移ります。膜電位の”膜”とは細胞膜のことで膜電位とは細胞膜を介して細胞の外の電位に対する細胞の中の電位のことです。

先ほどの説明では、特定のイオンを通す半透膜が濃度の異なる電解質を仕切っている場合に二つの電解液の間には電圧が生まれることを学びました。これを細胞にあてはめれ見ると、細胞外液と細胞内液という組成の全くことなる電解液が細胞膜という複数のイオンに対する透過性を持った半透膜によって仕切られているというふうに言えます。

[補足]

細胞膜の透過性はそこに発現しているイオンチャネルの種類や量によってさまざまあります。例えば細胞内液と細胞外液の組み合わせが同じだったとしても、K+チャネル、Na+チャネル、Ca2+チャネル、Cl-チャネルをすべて大量に発現している細胞の膜電位と、K+チャネルしか発現していない細胞の膜電位はかなり異なるはずです。

K+チャネルについて解説してある記事もありますので、ぜひご参照ください↓

 

biologyhouhou.hatenablog.com

 

[補足終わり]

先ほど平衡電位の説明ではある特定のイオンのみを透過する半透膜というものを想定していただきましたが、細胞膜はある特定のイオンを透過させるイオンチャネルが何種類もあるのでもっと複雑になります。下の図は細胞を模した電解液槽です。

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細胞内液と外液のイオン組成は図の通りです。つぶつぶの数はだいたいのイメージです。これを見ると細胞内外のイオン組成は大きく異なっていることがお分かりいただけるでしょう。注意していただきたいのは、細胞内外でイオンの組成は大きく異なっていても浸透圧はだいたい同じくらいだということです。これはつまり細胞膜を通過する水の移動がないということを意味します。もし仮に浸透圧が異なると、細胞がパンパンに膨れてしまうか、あるいはしぼんでしまい、細胞が死んでしまいます。

通常神経細胞が発火していないとき、細胞膜はK+に対する透過性のみが高い状態にあります。これを上図の電解槽にあてはめてみると、下図のようになります。

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半透膜はK+のみを透過するのでK+は濃度勾配に従って内から外へ向かって移動します。この際内から中へ流れる電流が細胞外に対する細胞内の電位を下げます。やがて細胞内の電位はK+の平衡電位に達します。この一連の過程で細胞内から細胞外へ移動したK+の量は細胞内液や細胞外液のイオン濃度を変化させるほどの量はなく、無視できます。

それでは次にK+とNa+を同程度に透過する半透膜を考えてみましょう。下図を見てください。f:id:emuqcqkihw:20160605222849j:plain

それぞれの平衡電位の間をとって-15mVとなります。膜電位-15mVのとき、K+は内から中へ、Na+は外から内へ流れていますが、Na+のイオン電流とK+のイオン電流は外から中へ同じ大きさで流れているので互いに打ち消しあい膜電位はこれ以上変化しません。

この状態よりNa+の透過性がもう少し高くなった半透膜を考えてみましょう。

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この状態は神経細胞が発火したときの状態を真似したものです。

細胞膜のNa+に対する透過性がK+に対する透過性を上回り、膜電位はNa+の平衡電位にかなり近づきます。神経細胞が発火すると膜電位はK+の平衡電位付近から一瞬で0mVあるいは+40mVくらいまで上昇します。これを活動電位といいます。

活動電位は”細胞膜上にあるNaチャネルが一瞬にして大量に開口し、細胞膜のNa+に対する透過性が一瞬にしてものすごく上がる現象である”と言い換えることもできます。(そしてこの際に大量に流れるNa+電流も、細胞内外のイオン濃度に影響を与えるほど量はありません。)

このNa+電流を通すイオンチャネルは電位依存性Na+チャネルと呼ばれます。電位依存性とはNaチャネルの活性化が膜電位に反応しておこることを言います。だいたい-60mVくらいになると電位依存性Naチャネルは一斉に活性化(=開口)します。

膜電位は静止膜電位であるK+の平衡電位付近から電位依存性Na+チャネル以外の要因によって膜電位がゆっくりと脱分極(膜電位が0mVに近づくこと)し、-60mVに達したあたりで電位依存性Naチャネルによって急激に脱分極します。そしてすぐに不活性化してチャネルを閉じます。するとK+電流によって膜電位がすぐもとに戻ります。

一度Na+の平衡電位に急激に近づいた膜電位ですが、直後のNa+に対する細胞膜の透過性の減少によってまた膜電位は急激にK+の平衡電位に近づきます。

以上のように膜電位は透過性のより大きいイオンの平衡電位に近づこうとします。透過性が同じくらいのイオンが複数あれば、膜電位はその平均となります。この内容を式で示したのがGoldman-Hodgkin-Katzの式です。興味のある方は導出方法などぜひ勉強してみてください。

静止膜電位では細胞膜を通過するイオン電流は流れていないと勘違いしている人をよく見かけます。

静止膜電位は通常ではK+の平衡電位よりも浅い(K+の平衡電位が-90mVだとすると-80mVくらい)です。

静止膜電位では細胞膜の透過性はK+に対して一番高いのですが、ほかのイオンに対しても少し透過性を示します。なので完全にK+の平衡電位とは重ならないのです。

よって静止膜電位ではK+は細胞内から細胞外へ外向きの電流となって流れています。Na+は電流の量としては少ないですが、外から中へ内向きの電流となって流れています。他のイオンもそれぞれどちらかに電流を作っています。

静止膜電位で静止しているものは膜電位であって、細胞内外に存在するイオンは常に電流を作って内向き、または外向きに流れているわけです。

Current clamp法のデータの見方

 

今回はwhole cell current clamp法について解説してみたいと思います。前回までに私が書いた記事のwhole cell voltage clamp法の説明とぜひ比較してみてください。

 

biologyhouhou.hatenablog.com

 

Whole-cell current clamp法のデータを読む

Whole-cell current clamp法とはその名のとおりwhole cell patch clamp法のうち細胞に入る電流を固定することで細胞内の電位を計算により推定する方法です。活動電位の波形を見たことある方もいると思いますが、それはおそらくwhole cell current clamp法のデータでしょう。活動電位を測定する実験にはほかに細胞外電位記録という方法があります。これはwhole cellとは異なり細胞のそばに電極を置いて記録を行う方法で、patch clamp法とは全く異なります。

模式的に書くとwhole cell current clamp法で記録した活動電位は図のようになります。

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 上図は二つとも横軸を時間でとってあります。縦軸は電流の大きさ、または細胞の膜電位です。細胞の膜電位を特定の値に維持するために細胞に注入する電流を保持電流と言います。上のパルスは、例えば-60mvや-70mVといった深い膜電位に保持するための電流を流している状態で、脱分極させる方向の電流を流してまた元の保持電流に戻すというプロトコルを示します。下の電位記録は上のプロトコルを実行した場合の細胞の膜電位の記録となります。電位依存性Naチャネルがたくさん発現している細胞は膜電位が閾値を超えて脱分極すると活動電位を示します。よってパルスに反応して脱分極した細胞はある瞬間から突然活動電位をおこします。それが赤線で示したスパイクとして記録されます。

活動電位の波形はWhole cell current clamp法のデータのうち古典的かつ代表的なデータです。活動電位のスパイクのデータを見たら、current clampかな?と思ってみてもよいでしょう。

活動電位の波形を解析することで様々なことがわかるのです。分かりやすいところでいうと、活動電位の発生頻度です。同じ電流を注入したとしても下図のように、細胞によってバリバリと非常に高頻度で発火する細胞もあれば、5Hzとか非常に遅い頻度で発火する細胞もあります。

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また、活動電位を引き起こすチャネルは主に電位依存性Naチャネルであることが知られていますがそこに電位依存性Ca2+チャネルも加わってくるとスパイクの直後に脱分極をより長く維持するような電流が流れます。心筋細胞の活動電位などがそれでスパイクに肩がついたような波形を示します(下図)。

 

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それから活動電位と言うと鋭いスパイクの後に続く過分極相が特徴的ですが、過分極相の形も細胞の特性を知るうえで非常に重要です。細胞に発現しているチャネルの種類によって過分極相が非常に長いものもあれば、すぐにもとの静止膜電位(実験中は静止膜電位とは限りませんが、)にもどるようなものもあります。上図は活動電位の過分極相の形の違いを示してみました。

電気生理屋は波形の形にとても敏感です。優秀な人はちょっとした波形の違いも見逃さず、またその違いについての考察もすばらしいです。

パッチクランプのデータが何を語るか

以前このブログでパッチクランプ法の方法と原理を紹介しました。

biologyhouhou.hatenablog.com

今回はそのパッチクランプ法を使うことでどのようなデータが得られ、そしてそこからどんな事実が証明されるのかを説明したいと思います。

パッチクランプ法と一口にいってもOutside-out法や、Inside-out法、Whole-cell法などいろいろな種類があります。さらに微小電極法と呼ばれるパッチクランプ法とは異なる種類の電気生理学的な実験手法もあります。微小電極法はいまではあまり行われていません。今回はパッチクランプ法の中でも特に重要なWhole-cell voltage clamp法に焦点をしぼって説明していきたいと思います。

Whole-cell voltage clampのデータを読む

Whole-cell voltage clamp法は簡単に言うと細胞に一定の大きさのガラス電極を密着させたのち穴をあけ、細胞内とガラス電極を電気的に接続させることで細胞内に入る電流や電位をコントロールする方法です。

例えば細胞内の電位を-60mVに保つとします。その状態でシナプス入力などにより細胞内に電流が流れ込んだとすると、パッチクランプアンプに接続されているガラス電極は細胞内に流れ込んだ電流と同じだけの電流を引き入れて細胞内の電位を一定に保つことができます。

パッチクランプアンプに流れ込んだ電流は知ることができて、それがそのまま細胞内に流れ込んだ電流の計測値となるわけです。

■ EPSCの基本

下の図を見てください。Whole-cell voltage clamp法でよく出てくる記録です。時間軸を横軸に、電流の大きさを縦軸にとっています。慣例により細胞内に電流が流れ込んだ場合電流を下向きに表示します。

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このような波形はシナプス応答でよく見られる形です。例えばある瞬間シナプス間隙にグルタミン酸が放出されると後シナプスにあるグルタミン酸受容体が活性化されます。活性化したグルタミン酸受容体はイオンチャネルを活性化させることで細胞内へ陽イオンを流入させます。

細胞間隙に放出されたグルタミン酸は拡散し、すぐにグルタミン酸受容体を活性化させることができなくなります。そうするとイオンチャネルが閉口し、電流がすぐに減衰していくことになります。

このように急に立ち上がり指数関数的に減衰していく電流を興奮性シナプス後電流 Excitatory Postsynaptic Current (EPSC)といい、whole cell voltage clampでは上のような波形として記録されます。この波形はぜひ覚えておいてください。

■ EPSCの見方

このEPSCの波形はとても重要で見るところは主に三つあります。振幅とrise time constantとdecay time constantです。

振幅は文字通り電流の大きさのことです。

そしてtime constantとは日本語で時定数とも呼ばれ、電流のカーブを指数関数で近似したとき、その式の代表値のことです。電流が立ち上がるときと減衰するとき両方とも指数関数で近似することができます。

この値が大きいと波形全体がなまって見えるようになります。つまり電流が立ち上がり始めてからピークに達するまでが遅い、あるいはピークに達してから電流がなくなるまでが遅い、ということになるわけです。

振幅はシナプス結合の強さを示し、rise tmeやdecay timeはシナプスの位置チャネルの特性を示します。rise timeやdecay timeは波形の時間的変化に注目した値であるために波形のkinetics (動態)という言葉が使われます。

チャネルの特性が波形のkineticsに反映されるのは言うまでもないです。例えば、素早く開くイオンチャネルとゆっくり開くイオンチャネルでは電流の立ち上がりのスピードは大きく異なるでしょう。

シナプスの位置についてですが、まずは神経細胞の形をイメージしてみる必要があります。神経細胞はふつうの細胞と異なり細胞の形が一様ではありません。Polarity(極性)があるといいます。

【補足】

神経細胞のほかにPolarityを持つ細胞としては上皮細胞が知られています。

【補足終わり】

通常模式的に示される神経細胞の形は細胞体、軸索、樹状突起の三つの構造を有しています。そしてシナプスは通常樹状突起に多く、それは細胞体から離れているということを強調しておきます。

Whole-cell voltage clamp法において電流は細胞体で計測します。とするとWhole-cell voltage clampの実験では測定する場所と電流が発生する場所が物理的に離れているということになります

実はこのことが計測されたEPSCの波形に影響をあたえます。具体的にはkineticsが遅くなります。波形がなまると言います。

樹状突起の末端で電流が発生すると樹状突起の限られた範囲で電位が変化し、その変化を補うようにガラス電極から電流が出たり電流を引き込んだりします。

この間樹状突起から細胞体の間を電流が通過することになりますが、その通路に電気抵抗が発生します。この抵抗が大きいと波形がなまることになるのです。

もし仮に樹状突起上で計測出来ていたとしたらがシャープだったはずのEPSCが、細胞体ではどうしても少し(あるいはかなり)なまった波形が計測されてしまうということです。

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このことはWhole-cell voltage clamp法という実験の限界ともいうことができますが、これを逆手にとってシナプスの位置について情報を得ることもできます。

つまり、波形がシャープであればあるほど細胞体に近いところで発生した電流であることがわかり、逆に波形がなまっていればなまっているほどその電流を引き起こしたシナプス樹状突起の末端に近いところにシナプスを形成しているということが示せるわけです。(実際に論文でシナプス形成場所を示そうとした場合は、以上のような電気生理のデータに組織の免疫染色のデータを付けたりするとかなり説得力のあるものになるでしょう。)

終わりに

実験データの解釈の方法は非常に電気生理の面白いところだと思います。同じデータを見たとしても、人より多くを察することができる人がいるのです。