パッチクランプの原理

 

今回はこのパッチクランプ法の中でも、最もメジャーな方法のひとつであるWhole cell voltage clamp法について解説したいと思います。

Voltage clampとは電位(Voltage)を一定に保つ (Clampする)という意味です。なのでWhole cell voltage clampの意味するところは、細胞の(膜)電位を一定に保つということになります。細胞の膜電位については以下の記事を参照してみてください↓

biologyhouhou.hatenablog.com

膜電位を一定の値にキープするためには、細胞外部の電極から細胞の中へ電流を流さないといけません。これを行うのにガラス電極が必要になります。

下図のように細い中空の borosilicate glass を熱して溶かしながら引くことで先端が細く穴のあいたガラス管ができあがります。先端はだいたい直径で数umでしょうか、細胞の大きさより小さい穴が先端にあいた針のようなガラスができあがります。ガラス管のお尻(先端と反対側)の直径は数mmです。ガラス管の先端に空気が入らないように電解液を詰めてお尻から銀製の電極を挿せばガラス電極の完成です。詰める液体は基本的には細胞内液と似たようなイオン組成をした液体を詰めます。細胞内液または内液と言います。

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 ここまで準備が完了したらいよいよパッチを取っていきます。ガラス電極の先端を細胞に近づけていきます。細胞に十分先端が近づくと、あるいは先端を細胞に押し付けると細胞がへこみます。このへこみをディンプルと言います。ディンプルを確認したら、内液が入ったガラス管に陰圧をかけます。

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 陰圧をかけることでガラス電極の先端と細胞はギガオーム以上の抵抗で密着します。このことをシールまたはギガオームシールというのですが、whole-cell patch clamp法ではこのギガオームシールを作ることがとても重要です。ギガオームシールが形成されたことを確認したら、さらに陰圧をかけて細胞に穴をあけます。穴が開くことで細胞内の電位を人工的にコントロールする準備が整うわけです。

シールが形成されたことを確認したらと言いましたが、シールの形成は見た目にわからないので、電流を流すことでシールの形成を確認します。少ししんどくなりますが、ここから、シールの形成と電流の関係について説明していきます。

電極はオペアンプを用いた回路により正確に電位をコントロールすることが可能になっています。

[補足]オペアンプについて詳しく学びたい方はこちらをご覧ください

 

biologyhouhou.hatenablog.com

 [補足終わり]

シールを作って細胞に穴を開ける過程では通常、Test pulseと呼ばれる四角く変化する電位を持続的にガラス電極に与えます。例えば0 mVから-10 mvに瞬時に切り替わってまた0 mvに戻るようなパルス電位を設定するとします。以下に細胞にシールを作ってから細胞に穴をあけるまでに電極を流れる電流の特徴的な波形を示します。

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f:id:emuqcqkihw:20160303222543j:plain実験者は実験中常にtest pulseを流しています。そしてそれによって流れる電流の形を見ることで私たちは細胞の状態をリアルタイムで知ることができるのです。パッチクランプの実験では細胞の状態が悪くなったりよくなったり、状況はいつも瞬時に変化する可能性があるのでtest pulseを使って細胞を見張っておく必要があるのです。

今度は細胞と電極の関係を等価の電気回路に書き直して考えてみることにします。これを理解するとどうして上図のような特徴的な電流が流れるのかがわかると思います。

まずガラス電極の先端は非常に小さい穴が開いているだけなのでここに抵抗が存在します。さらにガラス電極の壁は薄くて面積が広いのでここに電荷が溜まりやすいです。よってガラス電極の壁は電気回路ではコンデンサに書き換えられます。下図を見てください。ガラス電極を電気回路に書き換えてTest pulseに対応して流れる電流を計算してみました。簡略化のため、始めピペットには電荷がたまっていない状態を考えます。

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膜容量成分に流れる電流は、

\begin{align} I_c&=\frac{ \mathrm{ d } Q }{ \mathrm{ d } t } \cdots (1)\end{align}

であり、細胞外と細胞内の電位差は以下のように二通りで表すことができます。

\begin{align} r \cdot I + \frac{Q}{C_p} &= V \cdots (2)\end{align}

\begin{align} r \cdot I + R_p (I-I_c) = V \cdots (3)\end{align}

(2)より

\begin{align} r \cdot C_p \cdot I + Q &= C_p \cdot V \end{align}

\begin{align} Q =& C_p \cdot V - r \cdot C_p \cdot I \end{align}

(1)に代入して

\begin{align} I_c&=\frac{d}{dt} (C_p \cdot V - r \cdot C_p \cdot I) \\&= C_p \frac{d}{dt}(V - r \cdot I)\end{align}

(3)に代入して

\begin{align} (r+R_p)I - C_p \cdot R_p \frac{d}{dt}(V-r \cdot I) = V \end{align}

\begin{align} I - \frac{C_p \cdot R_p}{r+R_p} \cdot \frac{d}{dt}(V-r \cdot I) = \frac{V}{r+R_p}\end{align}

\begin{align} I + r \cdot \frac{C_p \cdot R_p}{r+R_p} \frac{dI}{dt} = \frac{C_p \cdot R_p}{r+R_p} \cdot \frac{dV}{dt} + \frac{V}{r+R_p} \end{align}

ここで、

\begin{align} \frac{dV}{dt}=0 \end{align}

として、tについての微分方程式を解くと

\begin{align} I = \pm e^ {-\frac{r+R_p}{r \cdot C_p \cdot R_p}t} + \frac{V}{r+R_p} \end{align}

であり、電流の形は下図のようになります。

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以上のようにコンデンサと抵抗の並列回路では、電圧の変化に対応して電流が急激に流れその後減衰していきます。シールが形成される前Rpは十分大きくないので容量成分の電流はあまりよく見えませんが、シールが形成され始めてピペット先端の電気抵抗が非常に大きくなると容量成分の電流がとがって見えるようになります。

生物分野の研究においてパッチクランプがどのように役立つかについての記事を書きました。ぜひご覧ください。下のリンクです!

biologyhouhou.hatenablog.com