静止膜電位とは何か

平衡電位と静止膜電位

 

静止膜電位についてきちんと理解されている方は実は少ないです。まずは平衡電位から解説していきます。

特定のイオンを選択的に透過する半透膜を介して、濃度の異なる液体が接していると一方の電位は上昇、他方の電位は下降し、その後電位は安定します。その際両者の間には電圧が生まれます。このとき片方の電位をゼロとしたときのもう一方の電位を平衡電位とよびます。詳しく説明していきます。

まず濃度の異なる電解液がある特定のイオンに対する透過性を持つ半透膜で仕切られているとします。

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半透膜にはある特定のイオンに対する透過性があるので、そのイオンは異なる液体の間を行ったり来たりすることができます。接している二つの液体の間にはそのイオンの濃度差が存在しますから、当然そのイオンは濃度の高いほうから低い方へ移動するでしょう。イオンはプラスかマイナスいずれかの電荷をもっていますから、濃度勾配に従ったイオンの移動は二つの液体の間に電圧を生むことになるのです。

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ここで次に考えるべきことは、このイオンの移動が一体いつ終わるのかということです。これを説明したのがネルンストの式と言われるものです。ネルンストの式は濃度勾配によるイオンの拡散力と、イオンの偏りによって生じた電圧を等式でつないだもので非常にシンプルなものです。

イオンの濃度差が大きければ大きいほど、イオンが拡散する力が強くなります。そしてイオンが半透膜を濃度勾配に従って移動すればするほど二つの液体の間の電位差は大きくなります。電圧によるクーロン力が濃度勾配による拡散力とつり合ってくるようになるとそれ以上電圧が上がらなくなります。この時点での電圧を平衡電位と言います。

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それでは膜電位の説明に移ります。膜電位の”膜”とは細胞膜のことで膜電位とは細胞膜を介して細胞の外の電位に対する細胞の中の電位のことです。

先ほどの説明では、特定のイオンを通す半透膜が濃度の異なる電解質を仕切っている場合に二つの電解液の間には電圧が生まれることを学びました。これを細胞にあてはめれ見ると、細胞外液と細胞内液という組成の全くことなる電解液が細胞膜という複数のイオンに対する透過性を持った半透膜によって仕切られているというふうに言えます。

[補足]

細胞膜の透過性はそこに発現しているイオンチャネルの種類や量によってさまざまあります。例えば細胞内液と細胞外液の組み合わせが同じだったとしても、K+チャネル、Na+チャネル、Ca2+チャネル、Cl-チャネルをすべて大量に発現している細胞の膜電位と、K+チャネルしか発現していない細胞の膜電位はかなり異なるはずです。

K+チャネルについて解説してある記事もありますので、ぜひご参照ください↓

 

biologyhouhou.hatenablog.com

 

[補足終わり]

先ほど平衡電位の説明ではある特定のイオンのみを透過する半透膜というものを想定していただきましたが、細胞膜はある特定のイオンを透過させるイオンチャネルが何種類もあるのでもっと複雑になります。下の図は細胞を模した電解液槽です。

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細胞内液と外液のイオン組成は図の通りです。つぶつぶの数はだいたいのイメージです。これを見ると細胞内外のイオン組成は大きく異なっていることがお分かりいただけるでしょう。注意していただきたいのは、細胞内外でイオンの組成は大きく異なっていても浸透圧はだいたい同じくらいだということです。これはつまり細胞膜を通過する水の移動がないということを意味します。もし仮に浸透圧が異なると、細胞がパンパンに膨れてしまうか、あるいはしぼんでしまい、細胞が死んでしまいます。

通常神経細胞が発火していないとき、細胞膜はK+に対する透過性のみが高い状態にあります。これを上図の電解槽にあてはめてみると、下図のようになります。

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半透膜はK+のみを透過するのでK+は濃度勾配に従って内から外へ向かって移動します。この際内から中へ流れる電流が細胞外に対する細胞内の電位を下げます。やがて細胞内の電位はK+の平衡電位に達します。この一連の過程で細胞内から細胞外へ移動したK+の量は細胞内液や細胞外液のイオン濃度を変化させるほどの量はなく、無視できます。

それでは次にK+とNa+を同程度に透過する半透膜を考えてみましょう。下図を見てください。f:id:emuqcqkihw:20160605222849j:plain

それぞれの平衡電位の間をとって-15mVとなります。膜電位-15mVのとき、K+は内から中へ、Na+は外から内へ流れていますが、Na+のイオン電流とK+のイオン電流は外から中へ同じ大きさで流れているので互いに打ち消しあい膜電位はこれ以上変化しません。

この状態よりNa+の透過性がもう少し高くなった半透膜を考えてみましょう。

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この状態は神経細胞が発火したときの状態を真似したものです。

細胞膜のNa+に対する透過性がK+に対する透過性を上回り、膜電位はNa+の平衡電位にかなり近づきます。神経細胞が発火すると膜電位はK+の平衡電位付近から一瞬で0mVあるいは+40mVくらいまで上昇します。これを活動電位といいます。

活動電位は”細胞膜上にあるNaチャネルが一瞬にして大量に開口し、細胞膜のNa+に対する透過性が一瞬にしてものすごく上がる現象である”と言い換えることもできます。(そしてこの際に大量に流れるNa+電流も、細胞内外のイオン濃度に影響を与えるほど量はありません。)

このNa+電流を通すイオンチャネルは電位依存性Na+チャネルと呼ばれます。電位依存性とはNaチャネルの活性化が膜電位に反応しておこることを言います。だいたい-60mVくらいになると電位依存性Naチャネルは一斉に活性化(=開口)します。

膜電位は静止膜電位であるK+の平衡電位付近から電位依存性Na+チャネル以外の要因によって膜電位がゆっくりと脱分極(膜電位が0mVに近づくこと)し、-60mVに達したあたりで電位依存性Naチャネルによって急激に脱分極します。そしてすぐに不活性化してチャネルを閉じます。するとK+電流によって膜電位がすぐもとに戻ります。

一度Na+の平衡電位に急激に近づいた膜電位ですが、直後のNa+に対する細胞膜の透過性の減少によってまた膜電位は急激にK+の平衡電位に近づきます。

以上のように膜電位は透過性のより大きいイオンの平衡電位に近づこうとします。透過性が同じくらいのイオンが複数あれば、膜電位はその平均となります。この内容を式で示したのがGoldman-Hodgkin-Katzの式です。興味のある方は導出方法などぜひ勉強してみてください。

静止膜電位では細胞膜を通過するイオン電流は流れていないと勘違いしている人をよく見かけます。

静止膜電位は通常ではK+の平衡電位よりも浅い(K+の平衡電位が-90mVだとすると-80mVくらい)です。

静止膜電位では細胞膜の透過性はK+に対して一番高いのですが、ほかのイオンに対しても少し透過性を示します。なので完全にK+の平衡電位とは重ならないのです。

よって静止膜電位ではK+は細胞内から細胞外へ外向きの電流となって流れています。Na+は電流の量としては少ないですが、外から中へ内向きの電流となって流れています。他のイオンもそれぞれどちらかに電流を作っています。

静止膜電位で静止しているものは膜電位であって、細胞内外に存在するイオンは常に電流を作って内向き、または外向きに流れているわけです。